診断基準と医療管理指針

ヤング・シンプソン症候群(以下、本症)は、眼症状(眼瞼裂狭小は必須、弱視・鼻涙管閉塞など)、骨格異常(内反足など)、甲状腺機能低下症外性器異常(主に男性で停留精巣および矮小陰茎)、精神遅滞などを特徴とする先天奇形症候群です。しかし本症は未だ原因不明であること、限られた数の報告しかないこと、類縁疾患の報告も多いことなどから、詳しい自然経過に基づいた医療管理指針や診断基準などは示されてきませんでした。

そこで本研究班では、神奈川県立こども医療センターなどを中心とした全国の小児専門医療施設における本症の長期にわたる詳しい医療管理経験に基づき、本症の医療管理指針と診断基準をはじめて作成しました。*1

*1 2010年度:厚生労働科学研究費補助金-難治性疾患克服研究事業として正式報告

診断基準

現段階*2で原因遺伝子は未同定のため、臨床症状の組み合わせから診断を検討することになります。文献的考察と本研究班の調査にご協力頂いた患者さんの臨床情報から、下記5項目を基本症状とし、鑑別・除外診断を設けました。また、診断において極めて有用と思われる症状も補助項目として設けました。

*2 2011年2月現在

基本症状

  1. 眼症状:眼瞼裂狭小を必須として付随する弱視・鼻涙管閉塞など
  2. 骨格異常:内反足など
  3. 内分泌学的異常:甲状腺機能低下症
  4. 外性器異常:主に男性で停留精巣および矮小陰茎
  5. 精神遅滞:中等度から重度
  6. 除外診断:他の奇形症候群あるいは染色体異常症を除外できる

補助項目

羊水過多、新生児期の哺乳不良、難聴、行動特性、泌尿器系異常

除外診断

特に眼瞼裂狭小・眼瞼下垂・逆内眼角贅皮症候群(あるいは眼瞼裂狭小症候群;Blepharophimosis ptosis epicanthus inversus syndrome:BPES)との鑑別は重要です。BPESはFOXL2(3q22.3)遺伝子の異常による常染色体優性遺伝病で浸透率はほぼ100%です。一般にBPESでは精神遅滞は目立ちませんが、欠失型BPESの場合には精神遅滞、成長障害、関節症状などを合併することがあり、本症(ヤング・シンプソン症候群)と混同されやすく注意が必要です。また、それ以外の染色体異常症も除外する必要があります。

検査

現在まで本症の原因遺伝子は明らかにされていないので、遺伝子レベルでの確定は不可能です。しかし、上述のように本症と類似する染色体微細構造異常症などもあることから、それらを鑑別するためにFISH解析やマイクロアレイCGH解析などの検査は適応となります。

医療管理指針

本症(ヤング・シンプソン症候群)の自然歴に基づいた医療管理指針についてまとめました。これは上述の基準などによる臨床診断に基づいて診断された患者さんたちの医療情報をもとにして作成されたものです。そのため、今後遺伝子レベルでの診断が可能となると症状の幅が拡大し、当然この管理指針の見直しも必要となるでしょう。

我が国においては本症の疾患概念はまだ確立されて間もないため、一般臨床医だけでなく研究者の間にもまだまだ周知されていないことから、診断されていない患者さんたちが潜在的に多くいらっしゃることが予想されます。“生涯にわたる医療管理指針の策定”とともに、“原因遺伝子の同定”やそれに続く分子レベルでの“病態の解明”が重要課題です。

主な器官系統別の臨床症状

こちらのページをご覧ください。

成長段階別の医療管理指針

新生児期

出生後間もなくからの呼吸障害、哺乳障害が目立ち、その他にも多くの医療管理を必要とします。そのため、新生児・周産期専門医が揃った施設での医療管理が望まれます。哺乳不良に関しては経管栄養を積極的に検討する必要があります。呼吸障害は軽度のものが多いとは言え、正確な呼吸評価のもとで適切な対応が必要となります。

内反足は出生時から目立つものが多く、小児整形外科医による早期からの評価と対応(ギプス固定など)を必要とします。甲状腺機能低下は新生児期から検査上明らかになることがあるので必ず評価を行い、異常がない場合も継続的に再評価します。心臓超音波による先天性心疾患の検索は不可欠です。

著しい脳奇形などは報告されていませんが、新生児脳超音波検査も必要です。新生児聴覚検査(ALGOなど)で難聴が疑われる場合には、言語聴覚士や小児耳鼻咽喉科の専門医による評価が必要となります。新生児期にはほとんど目をあけることがなく眼瞼裂狭小もあり眼科的評価が困難なため、新生児期以降も継続的な小児眼科の専門医による評価が不可欠です。

診断基準を参考に、症状の組み合わせから早い段階で本症(ヤング・シンプソン症候群)を鑑別の一つに挙げるべきですが、除外診断は重要です。他の奇形症候群や染色体異常症を各種の検査解析で否定したのちに、本症の診断を下すことが望ましいでしょう。

乳児期

各専門領域の合併症管理が本格的に進む時期です。耳鼻咽喉科での難聴評価と補聴器の作成、整形外科では内反足に対するギプス固定と難治例に対する観血的修復術の計画、眼科では積極的・継続的な評価が求められます。新生児期の哺乳障害は乳児期には改善傾向が認められ、経口哺乳練習も組み入れていきます。リハビリテーションへの参加も自宅での生活リズムが安定した時点で考慮すべきでしょう。新生児期からこの乳児期までは、強いそり返りとそれに矛盾する筋緊張低下が目立つので、小児リハビリテーションの専門医による評価と訓練は重要です。不明熱を繰り返す場合には泌尿器系合併症を疑い、小児泌尿器の専門医の評価を受けます。また、外性器異常(停留精巣など)についても同様です。

幼児期前半

このころから自閉的傾向から人懐こい行動へと大きく変化します。社会性の獲得が進むことと一致しているかも知れません。集団療育への参加も社会性獲得の手段として重要です。内反足手術と治療の結果、歩装具での立位歩行が促される時期ですので、運動能力の拡大がみられることが多いでしょう。言語も含めた多方面からの療育訓練が求められます。眼科では正確な評価が可能となり、必要に応じて本格的な眼鏡処方がなされます。

幼児期後半から学童期

手術を要する医療管理も一段落の時期です。身辺自立を目指した生活指導が重要となります。表出言語と理解言語の差が大きいことは考慮すべきで、様々な表現手段を用いての理解促進も重要かも知れません。就学については地域の状況や養育者の意向、合併症の程度もよく考慮して総合的に対応します。歩行の不安定性はこの時期も目立つため、安全面は特に重視します。
第二次性徴の発来は男女ともに認めますが、男児でやや遅い傾向があります。ただ、性の問題に関しては本研究でもまだまだ調査が限られているため、今後の課題の一つです。女児では不順月経が目立つことがあります。

青年期以降

青年期以降の情報は未だ少ないと言わざるを得ませんが、少なくとも退行や能力低下などの報告はないようです。専門医による定期医療管理(継続的な健診)が必要です。

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